明治から昭和にかけて活動した水彩画家、丸山晩霞が描いた作品を紐解くと、その作品群の中に多様な表情を読み取ることができます。
「丸山晩霞 日本と水彩画」展のみどころとして、晩霞がどのように風景画を描いたか、その表現の特徴を一部ご紹介します。

作品を見ると、川の上流から下流に向かって、角のとれた大きな岩や石が連なっています。丸く青みを帯びた石があれば、平べったい黒っぽい石もあり、一つ一つが塗り分けられ、細やかに陰影がほどこされていることが分かります。山中の渓流沿いに位置する木造の宿の壁や柱の描き込みは、その歴史、伝統と鄙びた滋味を的確に表現し、同時に画家の、この建物への愛着を感じさせます。季節は初秋でしょうか。山の木々は徐々に紅く色づき始めていますが、まだ緑が勝っています。宿から出て、渓流へ向かう二人の女性客の姿には、それほど寒くはない季節の余裕が表れているようです。実景の観察に基づく、緻密な筆使いによる彩色は、晩霞の初期作品に特徴的な表現です。


イギリスで晩霞と行動を共にした竹中政一は、エジンバラ植物園の園長と晩霞との対話を書き記しており、そのエピソードからは植物に対する晩霞の深い造詣が伝わってきます。それほど深く植物を愛した晩霞による、植物園のスケッチですが、本作では植物の詳細な観察よりも、その場で「感ずるまま」に印象を捉えることに主眼が置かれています。水気を含んだ絵筆による、淡くけぶる水蒸気の描写、一面に咲く花々を表す点描は、特定の時間の光と湿度を見事に捉えており、緻密な風景画とは異なる魅力を放っています。


本作は《滝三景》と題された三幅対の一幅であり、残る二幅はそれぞれ、長野県の蒲田川の峡谷、スイスのグリンデルワルドの滝の風景画です。そしてこれらはいずれも水彩絵具で絹地に描かれています。晩霞は特に1910年代以降、絹本に水彩画を描き、屏風や掛軸に表装する、ということを盛んに行いました。その理由の一つには、晩霞が、水彩画は日本画に近しいと考えていたことが挙げられます。その上で晩霞は、水彩画も日本画同様、筆の力強さを活かして描くべきである、とも考えました。本作もまた、「中国の深山幽谷」と言われれば信じてしまいそうな大胆な構図、水の流れの素早さを感じさせる思い切った筆さばきが見られます。
